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【サウナの歴史】フィンランド発祥から日本独自の進化まで!

カラカラ
ラクダさん
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こんにちは!サウナ・スパ健康アドバイザーのラクダです。

 近年、日本中で熱狂的な盛り上がりを見せている「サウナ」。日常的にサウナへ足を運び、「ととのう」感覚を楽しんでいる方も多いのではないでしょうか。

 しかし、「サウナはいつ、どこで生まれたのか?」「なぜ日本でこれほど独特な進化を遂げたのか?」といった背景まで知っている人は多くありません。

 この記事では、サウナの聖地であるフィンランドにおける2000年以上の歩みから、日本へと伝わり3度のブームを経て独自のカルチャーが形成されるまでの歴史をわかりやすく紐解きます。

 この記事を読めば、次にサウナ仲間と温浴を楽しむ際、思わず誰かに話したくなるような面白い雑学が丸ごと身につきます。

聖地フィンランドにおけるサウナの起源と変遷

 現代サウナの源流であり、ユネスコの無形文化遺産にも登録されているのがフィンランドのサウナ文化です 。まずは、北欧の厳しい自然環境から生まれたそのルーツを見ていきましょう。

2000年以上の歴史を誇る始まりの物語

 フィンランドにおけるサウナの起源は、2000年以上前まで遡ると言われています 。

 その始まりにはいくつかの説がありますが、有力視されているのは、北欧の過酷な冬の寒さを凌ぐために作られた臨時の避難空間です 。

 最も原始的な形態は「ダグアウトサウナ」と呼ばれ、地面に掘った穴に木造の骨組みを組み合わせ、動物の毛皮などで覆ったテントのようなものでした 。移動を繰り返す狩猟民族であった当時の人々にとって、組み立てや解体が容易なこの構造は非常に合理的でした 。

 その後、人々が定住を始めると、丘の斜面を利用して建てられた地中サウナ「マーサウナ」へと移行し、これが近代サウナの直接的な土台になったとされています 。

1000年愛された幻の「スモークサウナ」

 定住文化の定着に伴い、約1000年もの長きにわたりフィンランドサウナの主役であり続けたのが「スモークサウナ」です 。

 これは煙突を持たない専用の小屋の中で薪を燃やし、室内に煙と熱気をじっくりと充満させる仕組みです 。入浴する直前に一度煙を外へ排出し、残った柔らかな熱気と独特の燻製香の中で発汗を楽しみます 。

 第二次世界大戦以降は利便性の高い新しいストーブの普及により一時期は衰退したものの、1980年代にその価値が再評価されました 。

 現在でも愛好家の間では最高峰のサウナとして根強い人気を誇っています 。

人口550万人に対して300万個!生活に根ざした精神文化

 現在のフィンランドは、人口が約550万人であるのに対し、国内にあるサウナの数は約300万個にのぼると推計されています 。

 計算上は「国民の2人に1人がマクサウナを所有している」状態であり、一時の流行ではなく、完全に生活基盤の一部となっています 。

 かつてのフィンランドでは、サウナは単に体を温めるだけの場所ではありませんでした。

 神聖な空間として扱われ、お産を行う場所や、亡くなった人の体を清める場所、さらには病気の治療や食品の貯蔵など、人生のあらゆる重要な局面を支える多機能な空間だったのです 。

実はサウナだった?日本古来の「蒸気浴」の歴史

 「日本人は昔から湯船に浸かるのが好きだった」と思われがちですが、実は日本の温浴のルーツも、お湯に浸かる「温水浴」ではなく、サウナの親類である「蒸気浴(スチームサウナ)」でした 。

江戸時代より前は「蒸し風呂」が主流だった

 日本において、なみなみと張ったお湯に全身を沈める入浴スタイルが大衆に定着したのは、実は江戸時代以降のことです 。

 それ以前の中世や古代においては、大量の水を沸かすよりも、少量の水で蒸気を発生させる方がエネルギー効率が良く、一度に多くの人が利用できるため主流となっていました 。

西日本を中心に遺される「石風呂」と「かま風呂」

 これらの蒸気浴の技術は、大陸から朝鮮半島を経由して日本へ伝播したと考えられており、主に西日本エリアにその遺構や記録が多く存在します 。

  • 石風呂
     山口県や大分県などの沿岸部に多く見られるスタイルです 。天然の洞窟や岩をくり抜いた空間の中で枝葉を燃やして熱を加え、そこに海水を含ませたむしろを敷き詰めることで、現代の薬草スチームサウナのような豊かな蒸気を発生させていました 。
  • かま風呂
     瓦などを焼く窯に似たドーム型の構造物の中で生木を焚き、十分に熱気がこもった後に濡れたござを敷いて中にこもる入浴法です 。
     韓国の伝統的なサウナである「ハンジュンマク」と構造が酷似しており、同じ源流を持つものとされています 。

日本におけるフィンランド式サウナの夜明け

 日本古来の蒸し風呂文化とは別に、現代私たちが親しんでいる「フィンランド式サウナ」が初めて日本に上陸した背景には、歴史の教科書にも登場する人物や、オリンピックが深く関わっています 。

1792年、根室の海岸に現れた日本初のサウナ

 記録に残る日本最古のフィンランド式サウナは、1792年に北海道の根室に建てられたものです 。

 当時、嵐に遭遇してロシア領へ漂流していた廻船問屋の船頭・大黒屋光太夫の一行は、長い放浪の末にロシアの女帝エカチェリーナ2世への謁見を果たし、帰国を許されました 。

 その際、日本との通商交渉を目的としたロシアの使節アダム・ラクスマンに伴われて根室へと上陸します 。

 しかし、当時の日本は鎖国中であったため、入国手続きを待つ間に根室の海岸で極寒の一冬を過ごさなければなりませんでした 。この過酷な寒さをしのぎ、孤独を慰めるために、彼らが海岸沿いにフィンランド式のサウナ小屋を建てて利用したのが、日本におけるフィンランドサウナの最初の足跡です 。

銀座「東京温泉」の誕生とオリンピックの伏線

 公衆浴場としての商業用サウナが日本に初めて登場したのは、昭和26年(1951年)、実業家の許斐氏利氏が東京・銀座に開業した「東京温泉」です 。

 許斐氏は当初、1人用の箱型蒸し風呂やマッサージの受けられる高級浴場として東京温泉をスタートさせました 。

 その後、射撃の日本代表選手として1956年のメルボルンオリンピックに出場した際、現地にフィンランド選手団が持ち込んでいたサウナの設備を目の当たりにし、大きな衝撃を受けます 。

 この経験にヒントを得た許斐氏は、1957年以降に本格的なサウナ設備を東京温泉に増設しました 。これが、現代に続く日本の公衆サウナビジネスの偉大な先駆けとなったのです 。

日本を揺るがした「3つのサウナブーム」

 日本のサウナ史を語る上で欠かせないのが、時代ごとに異なるアプローチで発生した3大サウナブームです 。

第1次ブーム(1964年〜):東京五輪が火をつけた「おじさんの憩いの場」

 日本で最初の本格的なサウナブームが巻き起こったのは、1964年の東京オリンピックがきっかけでした 。

 選手村にフィンランド式のサウナ施設が建設され、国内外のメディアで紹介されたことで世間の注目が一気に高まります 。これを機に、全国の温浴施設やホテル、ゴルフ場などにサウナの導入が急増しました。

 この時代のサウナは、主に仕事帰りのサラリーマンや中年男性が汗を流してリフレッシュするための「おじさんの社交場」としてのイメージが強く定着することになります。

 また、建築技術の制限などから、湿度が低く室温が極めて高い、日本特有の「高温ドライサウナ」が定着したのもこの時期の特徴です 。

第2次ブーム(1990年代〜):健康ランド・スーパー銭湯の台頭

 1990年代に入ると、郊外を中心に大型の「健康ランド」や「スーパー銭湯」が次々と誕生し、第2次ブームが到来します。

 それまで都市部のカプセルホテルや男性専用施設に多かったサウナが、広々とした温浴施設の中に組み込まれ、水風呂や露天風呂、食事処などとセットで楽しめるようになりました。

 これにより、利用客の層が男性だけでなく、女性やファミリー層へと一気に拡大。サウナはより身近でエンターテインメント性の高いレジャーへと進化しました。

第3次ブーム(2010年代後半〜現在):「ととのう」の誕生とカルチャー化

 そして、現在も続いているのが第3次サウナブームです。

 このブームの最大の特徴は、単なるリフレッシュの手段から、独自のライフスタイルや「若者を中心とした洗練されたカルチャー」へと変化した点にあります。

  • 「ととのう」という共通言語の浸透
     サウナ、水風呂、外気浴を繰り返すことで得られる、頭が冴え渡り心身が深くリラックスした恍惚感を指す「ととのう」という言葉が定着しました 。
     これが若者やクリエイター層の間で共感を呼び、SNSを通じて爆発的に拡散されました。
  • 本場フィンランド式への原点回帰
     従来の日本のカラカラとしたドライサウナとは異なり、熱した石に水をかけて蒸気を発生させる「ロウリュ」や、スタッフがタオルで熱風を送る「アウフグース(熱波)」が体験できる施設が標準化しました 。
     また、自然の中で楽しむ「テントサウナ」や「バレルサウナ」など、楽しみ方も多様化しています 。

まとめ:歴史を知ると、いつものサウナがもっと深く楽しめる

 サウナの歴史を振り返ると、以下のような興味深い変遷が見えてきます。

  • フィンランドでは寒さを凌ぐための避難所から始まり、生活に欠かせない神聖な精神文化へと育まれた 。
  • 日本でも実は江戸時代以前は独自の「蒸し風呂」が主流であり、親和性の高い土壌があった 。
  • オリンピックを契機として日本にフィンランド式が定着し、3度の流行を経て、独自の温冷交代浴カルチャーが完成した 。

 今度サウナ仲間と一緒に水風呂を出て外気浴でリラックスする際は、ぜひこの「光太夫の根室サウナ」や「日本独自の3大ブーム」の裏話を紹介して、ディープなサウナ談義に花を咲かせてみてください 。

 ほかにもサウナのネタとして「ロウリュ」と「アウフグース」について以下の記事にまとめているのでぜひ読んでみてください!

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【サウナを深堀】「ロウリュ」と「アウフグース」の違い完全ガイド
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 ここまで読んでいただきありがとうございました。

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ラクダさん
ラクダさん
サウナ系ブロガー
北陸出身のサウナ好き。 もともとは苦手意識があったのですが、“ととのう感覚”にハマって人生がちょっと変わりました。 今ではサウナにはまりサウナ・スパ健康アドバイザーの資格も取りました! このブログでは、初心者から上級者まで楽しめるサウナの入り方や魅力を発信していきたいと思います。
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